2016年02月24日

ブログ開設二年目、そして訪問者数


このブログを開設して二年目を迎えた。

僕がブログの管理やデザインをして、
北村青子が、さっさと、いや、
せっせと朗読作品をつくり続ける。
そんなお互いのイメージの合意から、
この、ポッドキャストブログは始まった。
北村青子は、ネット世界が怖いから、
魑魅魍魎だと思ってるから、
記事などは、怖くてほとんど書かない。
そのくせ、なのに、けれども、
僕の書いた記事をチェクしてダメ出し。
年中、眉間にたてじわをつくって、
「 へんなこと書かないでよ! 」と、
大魔神の様相で、僕を睨みつける。
僕は、特別に記事を書きたいわけじゃない。
微力だが、アクセス数を上げるため、
少しでも多くの人が訪れてくれるように、
SEOの一環として、営業、チラシ配りのつもりで、
てぇしておもろくない記事を、せっせと ・・・ ああ、
みなさん、きいておくれよ、ぶっちゃけ、
北村と僕との関係は、鳥観してみると、
浅香光代と、世志凡太のようなものだよ。

ブログ開設当初、とりあえずの目標として、
「 訪問者が、毎日100人来てくれたらイイなぁ 」
というふうに、北村も僕も思っていた。
山の中で、猿や鹿、宇宙に向かって、
朗読作品を披露してるのではないので、
とにかく、人に聴いてもらわなことには、
なにもかも、人間の物語が始まらない。
(人も宇宙だって、突っ込まないでね)
100人とは、小劇場を満員にするイメージだった。
もう無くなったが、渋谷のジャンジャンなどは、
客100人だと、補助椅子を出した記憶がある。
(消防法でのキャパは80数名だったような)
小劇場での芝居づくりで育った僕らは、
どうしても、演者と客との濃密な関係を、
その空気を、エナジーを忘れられず、
「お客は100人くらいがイイ」と設定してしまう。


sibuya.jj.png
(今も、HPかあるので、リンクかけさせていただきました。劇場そのものに生命が宿ってるような空間でした、ハウルの動く城のように。なんたって、荒地の魔女が住み着いていましたから。ある日突然、彼女の魔力で、客席の色が、ボロボロの黒から新品の赤に変わっていました。住み着いていた魔女、荒地の魔女だけじゃないですけど。最近の小洒落た劇場、無機質でね。)

渋谷ジャンジャン1992.2月
1992年2月 渋谷ジャンジャン公演 当時のパンフより

初めのころ、北村青子は、
いざ訪問者、アクセス数が予想以上になると、
「 誰がそんなに聴いてるの、どこで聴いてるの? 」
「 ウソでしょ、どうなってるの? おかしい! 」と、
気持ち悪がり、誰かが策略してる、
悪いことを起こす、みたいな疑心暗鬼と、
恐怖心すら感じてるような口ぶりなのでした。
(どんだけネットが怖いんだか)

後にですけど、よくよく考えて見れば、
ネットなんだから、訪れる客はですよ、
場所で限られ、閉じた空間じゃないのだから、
400人(紀伊国屋ホール)だろうが、
2550人(宝塚大劇場)だろうが、
それこそ、10万人(アステカスタジアム)でも
多ければ多いほど、いいわけですよ、
そのためのインターネットなのですから。
(よくよく考えなくても、分かりそうなもの)
そうは言っても、口ではなんとでも、なわけです。
現実、ブログの訪問者数を増やすのは難しい。
(路上パフォーマンスで、観覧者を増やすのと同じ)
ある統計によれば、一日の訪問者数が、
9人以下というブログが 44%。
49人以下のブログが 67% だそうです。

でも、密かに、次の二年後には、
(公開したら密かじゃねぇけど)
毎日、紀伊国屋ホール満員くらいの訪問者が、
ブログに訪れないかなって、思ってはいるのです。
皮算用で思うだけはタダですから。そして、
思わないと、夢は叶わないようですよ。(笑)
(宝くじは、買わないと当たらないように)

それには、
なりゆき、口から出まかせの、
僕のぼやき記事より、すべては、
朗読作品ありきなんですけどね。

と言っておかないと、また睨みつけられる。
おー怖っ。


(北村青子の付き人兼、録音係より) 🎧




ドラリー扉マスコット  
今日も、ドラリー扉に来てくれてありがとう★    







posted by 北村青子 at 22:14| Comment(0) | 付き人兼、録音係兼 、AD のぼやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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